鉄筋なんて認めたくない

寺

最近だと鉄筋コンクリートの寺院も

筆者は仏教徒というわけではない、どちらかと言うと神道よりだと考えている。ただ否定することもしない、仏教には仏教なりの面白い部分もあるのでそうした点を考慮すると、学術的な部分でどちらも研究する価値は十分にある。今回のテーマとして取り上げている寺院建築という点においても大変興味深いと思うが、そうした古代から続く寺院建築に関する事情は現代になればなるほど複雑な事情と問題的背景によって、本来の寺院というものから外れた性質を伴うようになっていった。

寺院などを始めとする木造建築が主となっているこの国では今でも主流となっているが、今と昔では良質といえる木材が入手しづらくなっているという背景が介在している。それは普段の生活に伴う、住宅事情も決して例外ではない。寺院や神社はそんなことはないと考えたいが、日本で最良ともいえる木材は市場価格としてみても決して安いとはいえないものとなり、安価に工事を進める事ができなくなってしまったという点で大工などの業界関係者を多く悩ませた。また仏教徒たちにしても、管理が難しく、高温多湿の気候によって定期的なメンテナンスが必須となる木造建築ではあまりにバランスが悪いと考えるものも出てきてしまったことも有り、昭和30年代頃からは寺院建築における新たな様式として『鉄筋コンクリート様式』が登場するようになる。

そんなものを果たして寺院の然るべき建築様式として認めていいのかと言いたくなってしまう、しかし現代になればなるほどそうせざるを得ない事情も絡んできてしまっている。

反発する人もいるが

鉄筋コンクリートの寺院が登場したきっかけとなったのは、明治時代以降に欧米文化と技術が伝播したことにより、新たな時代を幕開けを謳うように建築技術も古来から続くものではなく、新たに伝え聞かされた物を利用する人が増えていった。コンクリートはその1つ、日本で初めて利用されたのは明治の最初期頃のこと、それから建築技術としての応用ができることが認められて広く伝えられ、木造建築ならではの弱点でもある火災になりにくいという点が一番注目されるようになった。

これにより寺院建築にも保全という目的から積極的に導入されるようになってしまったため、仏教徒の一部は反発心を隠さずにいられなかった。ただ良さを完全に否定しきれる材料もなかったため、受け入れざるをえないという面もあるが、また一側面として仏教徒たちの生活面が安定するようになったという部分も出てきてしまったため、悠長に伝統ばかりを重視するにはいかなかったという、そういった面も発生してしまった。

時代の流れにおいて宗教という存在は絶対的普遍という立ち位置は変わらないが、建築様式と仏教徒たちの状況と身辺に関する事情までは変化が生じないという点までは一定では無かったというわけだ。

木造とコンクリートの違いとして

そんな木造と鉄筋コンクリート、どちらの建築様式を用いるのが一番いいのかという点については色々な状況を加味しなければ一概に決められるものではない。個人の好みというのもあるかもしれないが、人によっては木造、またある人によっては鉄筋コンクリートもいい、なんて答える人もいるはず。

議論として話し合っていると答えが見えてこないため、ここでは簡単にそれぞれの特徴と共に、欠点となる部分を抜き出して違いを模索してみよう。

  木造建築 鉄筋コンクリート建築
利点 条件付きで半永久的に耐久性は続く 耐震性に強く、地震国家の日本では優れた性能を持っている
  木目が美しく、時間の流れによって趣きが出て来る。重厚な作りで、塗装を塗り替えることで新築のような美観を簡単に取り戻せる 安価に建材を入手できる
欠点 風雨に弱く、虫害などを引き起こす。弱耐震性・被火災性といった意味で弱点がある 長期的な耐久性に優れていない
  良質な木材の市場価格が高騰し、入手しづらくなっている 工事した場合によって強度不足になること有り

木材建築と鉄筋コンクリート建築、それぞれの利点と欠点を上げてみたが、こうしてみるとどっちもどっちといった感じだ。確かに木材は今では寺院などで建築するためのものは良質なものほど用意するのが難しく、また市場価格としてもあまり良心的な値段で取引されていないという欠点はあるが、昔ながらの趣きがタップリと詰まっているという点についてはそれだけの値段を払っても申し分な価値だろう。それに対して鉄筋コンクリートについては程度によるが安価で入手できる反面、時間的長さではそれほど耐久力を伴っておらず、また工事する業者によっては強度不足という由々しき問題を引き起こしかねないという可能性もあって、一長一短というのは実情だ。

違いという違いを上げるとこのようになっているが、それでもやはり木造建築を重点的に建築してほしいと思うのは間違っているだろうか。寺院で働くお坊さんたちの生活も大切だが、やはり観光地として訪れる人々目線で考えれば仕方のない事なのかもしれない。

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